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京都地方裁判所 平成元年(行ウ)16号 判決 1996年2月16日

京都市西京区上桂三ノ宮町一五ノ二一

原告

早藤栄藏

右訴訟代理人弁護士

森川明

京都市右京区西院上花田町一〇

被告

右京税務署長 板橋三郎

東京都千代田区霞が関三の一の一

国税不服審判所長 小田泰機

右両名指定代理人

中牟田博章

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告右京税務署長が原告に対し、昭和六三年三月八日付けでした、昭和五九年ないし昭和六一年分の各所得税更正処分のうち、別表10の各総所得金額欄記載の金額を超える部分及びこれに対する過少申告加算税の各賦課決定処分は、いずれもこれを取り消す。

二  被告国税不服審判所長が原告に対し、平成元年七月三日付けでした、昭和五九年分ないし昭和六一年分の各所得税更正処分に対する各裁決は、いずれもこれを取り消す。

第二事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、原告が、

1  被告右京税務署長(以下「被告税務署長」という。)のした、昭和五九年分ないし昭和六一年分(以下「本件各係争年分」という。)の各所得税更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)に、調査手続上の違法、推計上の違法及び総所得金額を過大に認定した違法があると主張して、その一部(実額主張額を超える部分)の各取消を、

2  被告国税不服審判所長(以下「被告審判所長」という。)がした、右本件各処分に対する各裁決(以下「本件各裁決」という。)に、理由不備及び審理不尽の違法があるとして、その各取消を、

それぞれ求めた抗告訴訟である。

二  前提事実

1  原告について

原告は、訴状別紙当事者目録記載の原告肩書地(以下「原告方」という。)において、クリーニング業を営むいわゆる白色申告者である。

(争いがない。)

2  課税の経緯

原告の本件各係争年分の所得税の確定申告、更正処分等(本件各処分)、異議申立て、異議決定、審査請求及び裁決(本件各裁決)の経緯は、別表1記載のとおりである。

(争いがない。)

3  本件税務調査の存在

被告税務署長は、原告が提出した本件各係争年分の確定申告書に記載された所得金額が適正なものであるかどうかを確認するため、被告部下職員(以下「部下職員」という。)をして、原告の所得税調査(以下「本件税務調査」という。)にあたらせた。

(証人西田健、原告本人)

三  争点

1  本件税務調査の違法性

2  本件各処分における推計の必要性

3  本件各処分における推計の合理性

4  実額主張

5  審査請求手続の違法

第三争点についての主張及び判断

一  本件税務調査の違法性(争点1)

1  原告の主張

本件税務調査には、以下の違法がある以上、本件各処分も違法であり、取消を免れない。

(一) 調査理由非開示

本件税務調査にあたった部下職員は、原告が具体的な調査理由及び目的の開示を求めたにもかかわらず、これを全く無視して明らかにしなかった。

(二) 他目的調査

本件税務調査の真の理由は、以下に述べるとおり、原告が民主商工会(以下「民商」という。)の会員であることにあり、調査の目的は、民商を攻撃・弾圧するというところにある。

(1) 部下職員は、本件税務調査の開始前、統括官から、原告が民商の会員であるとの説明を受けていた。

(2) 被告税務署長に確定申告書を提出した自営業者のうち、民商会員は一割にも満たないのに、部下職員が統括官から事後調査を指示された自営業者のうち、民商会員は五割もいた。

(3) 部下職員は、本件税務調査に際し、統括官から、事前通知はするなと指示されていた。

(三) 第三者の立会い拒否

部下職員は、本件税務調査に際し、原告が必要とする第三者の立会いを認めなかった。

守秘義務の点に関しては、原告の秘密につき、原告自身が右の者に右秘密を明らかにすることを同意している以上、その秘密の保護は問題とならないし、また、原告の取引先の秘密については、資料の提出は原告が行うものである以上、部下職員の守秘義務違反が生じる事態は考えられない。

2  被告税務署長の主張

(一) 原告の主張(一)(調査理由非開示)について

(1) 原告の主張(一)の事実のうち、原告が調査理由及び目的の開示を求めたことは認める。

(2) 調査理由の具体的告知は、法律上一律の要件とされているわけではない。

(3) 部下職員は、原告に対し、調査理由を告知している。

(二) 原告の主張(二)(他目的調査)について

争う。

(三) 原告の主張(三)(第三者の立会い拒否)について

(1) 原告の主張(三)の事実のうち、部下職員が第三者の立会いを認めなかったことは認める。

(2) 所得税法二三四条一項所定の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられている。右の理は、税理士以外の第三者の立会いを認めるか否かについても異なるところはない。

調査担当者が、被調査者の業務内容に関して調査をする際には、単に被調査者から取引先の事項について資料等の提示を受けるだけではなく、適宜質問検査等を行い、提示された帳簿等の資料の内容、正確性等を確かめる必要がある場合も存し、その場合、必然的に被調査者の取引先の事項についても質問し、説明を求める必要が生じる。右のような質問の過程で開示されることになる取引先の秘密については、被調査者が第三者の立会いに同意していようと、税務職員の守秘義務の遵守に何ら影響を与えるものではない。

したがって、調査担当者が質問検査権を行使する際、その場に立会う第三者に対する守秘義務違反を侵すおそれを払しょくすべく、第三者の立会いの排除を求めることは、税務調査の範囲、方法、程度等に関する税務職員の合理的裁量の範囲内の妥当な行為というべきである。

3  判断

(一) 法律判断

(1) 質問検査の適法性判断基準

所得税法二三四条一項所定の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべきである(最高裁判所昭和四五年(あ)第二三三九号・同四七年七月一〇日決定・刑集二七巻七号一二〇五頁、同裁判所昭和五八年(行ツ)第二〇号・同五八年七月一四日決定・訟務月報三〇巻一号一五一頁、同裁判所平成元年(オ)第九三一号・同五年三月一一日決定・訟務月報四〇巻二号三〇五頁参照。)。

(2) 税務調査手続の違法評価と課税処分の取消との関係

加えて、税務調査手続に違法が存する場合であっても、それが刑罰法規に触れたり、公序良俗に反する等およそ税務調査が存在しないと評価されるほど違法性の程度が著しい場合を除いては、課税処分の取消事由にならないものと解するのが相当である。

けだし、右質問検査による税務調査は、課税庁が課税処分をするにあたり要件とされるものである(国税通則法二四条)が、他面、それは租税実体法によって成立した抽象的な納税義務を具体的に確定するための事実行為であって、課税処分とは本来別個の手続であると解されるからである。

(二) 事実認定

そこで、本件税務調査について以上の点を検討するに、証拠(証人西田健、原告本人)によれば、本件税務調査の経緯について、次の各事実が認められる。原告本人尋問の結果のうち、右認定部分に反する部分は、採用できない。

(1) 昭和六二年八月二九日午前一〇時三〇分ころ、部下職員西田は、原告方に臨場して原告と面接した。

部下職員西田が、原告の本件各係争年分の所得税の調査に臨場した旨を告げたところ、原告は、「今日は忙しいので、後日にしてほしい。」と申し立てた。また、部下職員西田が、申告の基になった帳簿書類等の有無を確認したところ、原告は、「帳簿はある。」と申し立てた。そこで、部下職員西田は、原告に対し、九月七日午前一〇時に再度臨場するので、申告の基となった帳簿書類等を用意しておくように告げて原告方を辞去した。

(2) 同年九月五日午前九時一五分ころ、原告から、部下職員西田に対し、「同月七日は都合が悪いので同月一一日午後三時にしてほしい。」旨の電話があり、部下職員は、これを了承した。

(3) 同月一一日午後三時ころ、部下職員西田が原告方へ臨場したところ、原告は民商会員等五名を同席させていた。そこで、部下職員西田は、原告に対し、「守秘義務又は税理士法違反のおそれがあるので、調査に関係のない第三者を退席させた上で帳簿書類を提示し調査に協力してほしい。」と要請したが、原告はこれに応じなかった。

また、原告から、部下職員西田に対し、「調査理由を説明してほしい。」との申し出があったので、部下職員西田は、「申告した所得金額が適正なものかどうかの確認である。」旨伝えたが、原告は、これに納得せず、調査に応じようとはしなかった。

部下職員西田は、このような状態では調査ができないと判断し、「こちらの方で調査を進めていく。」旨伝え、原告方を辞去した。

その後、部下職員西田は、原告の仕入先等に対し、原告との取引に関する反面調査を実施した。

(4) 同年一〇月一九日、部下職員西田は原告方へ臨場したが、原告不在のため、原告の妻に対し、原告に連絡してもらいたい旨を告げた。同日、原告から部下職員西田に対し電話連絡があり、部下職員西田が行った原告の取引先等に対する反面調査に対する抗議を受けた。

(5) 同月二九日午後三時三〇分ころ、部下職員西田は、原告方へ臨場し、原告と面接した。部下職員西田は、原告に対し、調査協力を要請し、帳簿書類等の提示を求めたが、原告は、「第三者の立会いがなければ、調査には応じられない。」と申し立てた。部下職員西田は、これ以上調査に対する協力は得られないと判断し、原告方を辞去した。

(6) その後、同年一一月五日及び同月一三日に、部下職員西田は、原告方へ臨場したが、両日とも原告が不在であったので、原告の妻に対し、日を改めて臨場する旨を伝えた。

同月一三日には、原告から電話連絡があり、「店にくるときには、事前に連絡してほしい。」との抗議を受けたので、部下職員西田は、原告に対し、「調査に関係のない第三者を退席させた上で調査に協力するならば、事前に連絡した上で面接する。」旨伝えたが、原告は、「第三者の立会いがなければ、調査には応じない。」と申し立てた。

(7) 同年一二月一八日、部下職員西田は、原告方に臨場したが、原告が不在であったので、原告の妻に対し、電話連絡してもらいたい旨の原告への伝言を依頼した。

同月二一日、原告から部下職員西田に対し電話連絡があり、「年内は忙しいので来年に連絡する。」旨の申し出を受けた。

昭和六三年一月一二日、原告から部下職員西田に対し電話連絡があり、「同月二二日の午後三時に臨場してもらいたい。」旨の申立てがあり、部下職員西田はこれを了承した。この際、部下職員西田は、原告に対し、立会い排除の要請を行ったが、原告は、これに応じなかった。

(8) 同月二二日午後三時、部下職員西田が原告方へ臨場したところ、民商会員等五名が同席していたので、部下職員西田は、原告に対し、「税務署員の守秘義務及び税理士法に違反するおそれがあるため、調査に関係のない第三者を退席させた上調査に協力してほしい。」と、繰り返し要請したが、原告は、これに右要請に応じなかった。

また、原告は、部下職員西田に対し、「原告の取引先に対する反面調査を原告の了解なしに行うことはしないように。」という旨の抗議をしたため、部下職員西田は、「反面調査は、質問検査権の範囲内で実施しており、その調査方法については、税務署員の合理的な判断で行っている。」旨説明した。

さらに、原告は、ダンボール箱を指して、部下職員西田に対し、「申告の基になった帳簿書類はここにある。時間も取っているから、これで調査ができるはずだ。」と申し立てたので、部下職員西田は、原告に対し、「調査に関係のない第三者を退席させた上で帳簿書類等の提示をしてほしい。」と要請したところ、原告は、突然、部下職員西田に対し、「ばかやろう。」と発言した。

部下職員西田は、これ以上調査ができないものと判断し、原告に対し、「当方で調査をした上で、更正決定をする。」旨説明し、右ダンボール箱の中身を確認することなく、原告方を辞去した。

(9) 同月二九日、部下職員西田は、原告方へ電話連絡をした。

(10) 同年二月一日、原告から、部下職員西田に対し、同月五日午後三時に来てほしい旨の電話連絡があり、部下職員西田は、右申し出を了承するとともに、第三者の立会い排除を要請した。

(11) 同月五日午後三時ころ、部下職員西田は原告方へ臨場したところ、原告は民商会員等五名を同席させていたので、部下職員西田は、原告に対し、立会い排除を要請したが、原告がこれに応じなかったため、部下職員西田は、再度、原告に対し、更正決定するしかない旨申し渡した。

(12) 同月二四日午後四時四五分ころ、部下職員西田は、原告方へ臨場したが、原告不在であったため、原告の妻に対し、「私が調べた調査額について、追徴税額が約一〇〇万円弱になった。もし修正申告するのであれば、原告から当方へ五日ないし六日後に連絡してほしい。」旨の原告への伝言を依頼し、原告方を辞去した。

(13) 同月二六日、原告から部下職員西田に対し電話連絡があり、原告は、「妻から話を聞いたが、調査額には納得できない。まだ、何も調査してもらっていない。」旨申し立てたので、部下職員西田は、原告に対し、調査額について説明し、「修正申告をする意思があるのであれば、三月四日までに原告が来署して私にあってほしい。」と要請し、さらに、「右日時までに来署しない場合には、当方で更正処分を行う。」旨伝えた。

(14) 同年三月四日、原告は右京税務署へ来署し、部下職員西田と面接した。原告は、「調査額には納得できない。」と申し立てたので、部下職員西田が、「それならば、いまから申告の基になった資料を提示し、調査額に納得できない理由を示してください。」と要請したところ、原告は、「第三者の立会いなしに資料を見せることはできない。追加して支払う税金の総額が一〇万円以下ならば修正する。」旨申し立てたので、部下職員西田は、原告に対し、「調査額で更正決定をするしかない。」旨伝えた。

(三) 検討

以上認定の諸事実に基づき判断すると、原告の主張(一)(調査理由非開示)については、部下職員から原告に対し調査理由の告知がなされているものと認められる以上、その主張は前提を欠くものとして理由がなく、また、同(三)(第三者の立会い拒否)についても、部下職員による本件税務調査の方法や程度が、原告の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度を超え違法であったと認めることもできない。また、同(二)(他目的調査)については、同(二)(1)ないし(3)の事実を前提とするも、これを認めることができない。

よって、本件税務調査には、何ら違法な点は存在せず、したがってまた税務調査が存在しないと評価されるほど違法性の程度が著しい場合にあたらない以上、原告の主張は、理由がない。

二  本件各処分における推計の必要性(争点2)

1  被告税務署長の主張

被告税務署長は、原告の本件各係争年分の所得税調査のため、部下職員をして、昭和六二年八月二九日以降、一〇回にわたり原告方に赴かせ、原告に対し、現金出納帳、売上帳及び経費帳並びにこれらの帳簿の基礎資料である請求書及び領収書等の帳簿書類の提示等、調査への協力を求めた。ところが、原告は、調査に関係のない民商事務局員等の第三者の立会いに固執し、正当な理由もなく本件税務調査に全く協力しようとせず、原告の所得金額を実額により把握しうる資料を一切提示しなかった。

したがって、被告税務署長は、原告の所得金額を推計によって把握する必要があったものである。

2  原告の主張

原告が本件税務調査を拒否したことは全くない。逆に、原告は、部下職員に対し、その目の前に資料を入れたダンボール箱を置き、その場で調査するよう要求しており、したがって、右部下職員がそのまま調べれば、原告の所得金額の実額を把握することは可能であった。

したがって、本件税務調査に際しては、むしろ部下職員の側から調査を拒否したものである以上、本件各処分には推計の必要性がない。

3  判断

前記一3(二)認定の各事実を総合すれば、被告税務署長主張のとおり、原告が本件税務調査に協力せず、被告税務署長が、社会通念上当然に要求される努力をしても、原告の本件各係争年分の各所得税を算出するについて、実額計算によることができなかったことが認められるから、本件各処分には、推計の必要性があったと認められる。

よって、原告の主張は、理由がない。

三  本件各処分における推計の合理性(争点3)

1  被告税務署長の主張

被告税務署長が、原告の本件各係争年分の事業所得金額を算定するにあたり、選定した同業者の抽出基準及びその推計方法は、次のとおりである。

(一) 同業者の抽出基準

大阪国税局長は、原告の事業所所在地を管轄する被告税務署長並びにその隣接地域を管轄する上京、中京、下京及び伏見の各税務署長に対し、所得税の確定申告書を提出している者のうち、本件各係争年分を通じて、次の<1>ないし<10>の各基準を満たす全ての者を抽出し、かつ、その者に関する売上金額、売上原価、消耗品費、材料費、一般経費、算出所得金額、雇人費・給料賃金及び調整項目を記載した同業者調査表を作成し提出するよう、通達指示した。

<1> 青色申告書により所得税の確定申告書を提出していること。

<2> クリーニング業(取次専門店は除く。)を営んでいること。

<3> 右<2>以外の業種目を兼業していないこと。

<4> 事業所が上京、中京、下京、右京及び伏見税務署のいずれかの管内にあること。

<5> 年間を通じて事業を継続して営んでいること。

<6> 売上原価、消耗品費及び材料費の合計額の範囲が三〇万円以上一七〇万円以下であること。

なお、右合計額の範囲は、被告税務署長が把握し得た原告の昭和六一年分の売上原価関係経費額である八〇万四六五〇円の約二〇〇パーセントを上限とし、昭和六〇年分のそれである七四万二三三五円の約五〇パーセントを下限としたものである。

<7> ドライ及び水洗いの機械設備があること。

<8> 事業専従者を一名有すること。

<9> 雇い人が二名以下であること。

<10> 対象年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと。

(二) 通達に基づく同業者の選定

被告税務署長並びに上京、中京、下京及び伏見の各税務署長は、右抽出基準に従い、別表2ないし4記載の合計一九名の同業者を抽出し、かつ、それら各同業者に関する同業者調査表を作成して、大阪国税局長に対し、提出した。

(三) 「売上原価関係経費」概念の設定

被告税務署長は、原告の売上金額を算定するため、後記(六)の理由から、売上原価に消耗品質及び材料費を加えたものから燃料費・ガソリン代を除いたものをもって、「売上原価関係経費」と定義し、これをもって、推計の基礎とすることにした。

そして、被告税務署長は、右(二)の各同業者について、大阪国税局長が、消耗品費に含まれる燃料費・ガソリン代の割合を調査した結果を基にして、別表2ないし4記載のとおり、本件各係争年分における売上原価関係経費、売上原価関係経費率、算出所得金額、算出所得率を定義し、これらの額を算出した。

また、右のとおり、「売上原価関係経費」を推計の基礎とすることにしたこととの関係で、前記(一)<6>の基準を、「売上原価関係経費額の範囲が三〇万円以上一七〇万円以下であること。」と修正した。

(四) 同業者率の算出及びその内容

前記(二)の調査の結果、別表2ないし4記載の同業者のうち、中京税務署管内のAについては、昭和五九年分の消耗品費の中に含まれている燃料費・ガソリン代の金額が不明であること、また、昭和六一年分の売上原価関係経費額が二〇万一四一〇円であって、前記(二)の修正された<6>の基準から外れることから、被告税務署長は、同業者率を求めるにあたり、右Aを除外することとした。

そして、被告税務署長は、右Aを除外した一八名の同業者について、別紙2ないし4記載のとおり、本件各係争年分における平均売上原価関係経費率及び平均算出所得率を算出した。

(五) 同業者の抽出過程の合理性

(1) 同業者の抽出基準の合理性

ア 同業者の類似性

前記(一)の抽出基準は、原告の事業内容に基づき設定したものであり、当該基準により抽出された前記(二)の各同業者(中京税務署管内のAを除く。)は、いずれも、原告と業種、営業地域、事業形態及び事業規模等の点において類似性を有し、本件各係争年分を通じ継続して事業を経営している安定した同業者であるから、原告の所得を推計する基礎としては適当である。

イ 資料の正確性

また、右各同業者は全て、申告の正確性について裏付けを有する青色申告者であるから、その数値の正確性も担保されている。

(2) 抽出過程の合理性

しかも、右各同業者の抽出は、大阪国税局長の発した一般通達に基づき前記各税務署長が無作為かつ機械的に右抽出基準に該当する全ての者を抽出したものであるから、その選定にあたって恣意の介在する余地はない。

(3) 選定件数の合理性

また、抽出された同業者数は一八名であるから、同業者の個別性を平均化するに足りるものである。

(4) 原告の主張(五)に対する反論

ア 同(五)(1)(原告の営業形態の特殊性)について

原告の主張の根拠となるものは、本件訴訟提起後に作成されたと思われる書証及び原告本人の供述のみであり、客観的な証拠は存在しない。

イ 同(五)(2)(「同業者」の数値の信用性)について

(ア) 異議段階における「売上原価」とは、本件訴訟において被告税務署長が主張する「売上原価関係経費」と同一のものを指す。「売上原価関係経費」の概念が、後記(七)(2)アのとおりである以上、訴訟段階の「売上原価」と異議決定段階の「売上原価」とで数額が異なるのは、当然のことである。

(イ) 同業者の選定基準については、法定の基準が存するものではなく、採用した基準に合理性があれば足りる。したがって、行政機関によって若干異なる観点からする基準が採用されることがあるのは当然である。

(六) 「売上原価関係経費」概念の合理性

(1) 被告税務署長が、本件推計において「売上原価関係経費」の概念を用いた理由は、原告のようなクリーニング業においては、物品販業における商品の仕入のような純然たる「売上原価」のみが存在するのではなく、比較的売上と密接な対応関係にあるその他の経費(ハンガー等の消耗品類及びドライ用溶剤等のクリーニング材料)も存在し、かつ、これらは一体となって売上と対応関係をもつものと考えられるため、右のような売上原価及び経費の総額をもって、売上金額を算定するための推計の基礎にするのが適当であるからである。

(2) 被告税務署長は、右「売上原価関係経費」の算出にあたり、同業者の青色申告決算書に記載されている「差引原価」の金額、「消耗品費」の金額及び「材料費」の金額の合計額をもってしているが、その理由は、クリーニング業者においては、クリーニング材料卸売業者からの仕入金額を青色決算書上に計上するにあたり、必ずしも全ての業者が当該金額を売上金額と認識して「差引原価」欄に計上しているわけではなく、当該金額を「消耗品費」欄や「材料費」欄に計上している場合がある、と考えられることによるものである。

(3) また、被告税務署長は、右「売上原価関係経費」の算出にあたり、同業者の「消耗品費」の中に含まれている燃料費・ガソリン代の金額を差し引いているが、その理由は、同業者が「消耗品費」の額を青色決算書上に計上するにあたり、燃料費及びガソリン代と他の消耗品類を併せて計上することが多いからである。

(4) 原告の主張(六)(2)(「売上原価関係経費」概念の不合理性)について

原告は、設備等の修繕費は、将来の投資としての意味をもつものであって、売上と対応関係がない旨主張するが、被告税務署長が売上と密接な関係を有するとしている修繕費等は、後記(七)(2)アのとおり、京富及びスズタに対する支払分であって、原告が実額で主張している修繕費の取引先とは異なる以上、その前提を欠くものである。

(七) 推計による原告の総所得金額の算出

これらの金額の算出方法は、以下の(1)ないし(6)のとおりである。

(1) 売上金額

原告の本件各係争年分の売上金額は、別表5の各<1>欄記載のとおりである。

これらの金額は、いずれも、別表5の各<2>欄記載の本件各係争年分の売上原価関係経費額を、別表2ないし4各記載の平均売上原価関係経費率(別表5の各<3>欄記載の数値に同じ。)でそれぞれ除して算出したものである。

(2) 売上原価関係経費額

ア 原告の本件各係争年分の売上原価関係経費額は、別表5の各<2>欄記載のとおりであり、右「売上原価関係経費」の定義は、前記(三)のとおりである。

これらの金額は、いずれも、株式会社京富商会(以下「京富」という。)及びスズタ産業株式会社(以下「スズタ」という。)からの仕入金額の合計額であり、その明細は、別表6記載のとおりである。

イ 原告の主張(七)(2)(「売上原価関係経費」の調査の杜撰さ)は、争う。

被告の部下職員は、仕入先に反面調査を行った際、原告の取引金額を抽出し、その金額をそれぞれの取引先に確認してもらい、証明印をもらっている。

仕入金額に関する国税不服審判所との見解の相違は、仕入金額の認定の基準の違いに基づくものであり、調査が杜撰であったことから生じたものではない。

(3) 算出所得金額

原告の本件各係争年分の算出所得金額は、別表5の各<5>欄記載のとおりである。

これらの金額は、いずれも、右(1)記載の各売上金額に、別表2ないし4記載の各平均算出所得率(別表5の各<4>欄記載の数値に同じ。)をそれぞれ乗じて算出したものである。

(4) 特別経費額

原告の本件各係争年分の特別経費額は、別表5の各<8>欄記載のとおりであり、その内訳は、以下のア及びイのとおりである。

ア 建物減価償却費

原告の本件各係争年分の建物減価償却費の金額は、別表5の各<6>欄記載のとおりである。

これらの金額は、いずれも、原告方の店舗兼住所のうち事業の用に供している部分の減価償却費の金額であり、その算式は、別表7の1、2記載のとおりである。

なお、原告は、本件各係争年分を通じ、右建物(二階建)のうち一階部分を事業用として使用していたと認められるので、事業専用割合を五〇パーセントとして計算した。

イ 利子割引料

原告の本件各係争年分の利子割引料の金額は、別表5の各<7>欄記載のとおりである。

これらの金額は、いずれも、京都中央信用金庫桂支店に対して支払った借入金利息の二分の一の金額であり、その内訳は別表8のとおりである。

なお、右で、利子割引料として支払総額の二分の一を必要経費として算出した理由は、右の借入金が、原告が、原告方の土地及び右アの建物の取得資金として借り入れたものであって、右ア説示のとおり、右土地及び建物の事業専用割合が五〇パーセントと認められることによる。

(5) 事業専従者控除額

原告の本件各係争年分の事業専従者控除額は、別表5の各<9>欄記載のとおりである。

これらの金額は、いずれも、原告が本件各係争年分の所得税の確定申告書に記載した原告の妻・早藤真喜子に係る控除額である。

(6) 総所得金額(事業所得金額)

原告の本件各係争年分における推計による総所得金額(事業所得金額)は、別表5の各<10>総所得金額記載のとおりである。

これらの金額は、いずれも、前記(3)の算出所得金額から、同(4)の特別経費及び同(5)の事業専従者控除額を差し引いた金額である。

(八) まとめ

したがって、前記(一)ないし(四)のようにして抽出された各同業者の売上原価関係経費率及び算出所得率については、同(五)のとおり、正確性と普遍性が担保されており、かつ、同(六)のとおり、「売上原価関係経費」の概念を採用したことには合理的な理由があるから、被告税務署長が各同業者の売上原価関係経費率及び算出所得率の平均値を用いて原告の本件各係争年分の事業所得金額を推計したことには、合理性が存する。そして、以上の推計によって算出した原告の本件各係争年分の事業所得金額は、同(七)説示のとおりである。したがって、その範囲でした本件各処分はいずれも適法である。

2  原告の主張

(一) 被告税務署長の主張(一)(同業者の抽出基準)の事実については、不知。

(二) 同(二)(通達に基づく同業者の選定)の事実については、不知。

(三) 同(三)(「売上原価関係経費」概念の設定)の事実については、不知。

(四) 同(四)(同業者率の算出及びその内容)の事実については、不知。

(五) 同(五)(同業者の抽出過程の合理性)については、争う。

(1) 原告の営業形態の特殊性(被告税務署長主張(五)(1)ア(同業者の類似性)について)

本件推計は、以下のような原告の営業形態(立地条件、業態等)の特殊性を無視した不合理なものである。

ア 原告は、昭和五八年に兄の店より独立したが、原告が開店した地域は、周囲にクリーニング店が一二、三件も競合しており、しかも、他店にはいわゆる取次店が多く、値段が安かった。そのため、原告は、顧客の開拓のため、他店より一割ないし二割値段を下げざるを得なかった。

イ また、原告は、開業当初は機械も揃っておらず、兄の家に借りにいくことも多かった。さらに、アイロンかけの技術は十分ではなく、専門の職人を派遣してもらっていた。そのため、設備代、機械使用料、人件費等の出費は、軌道に乗っている業者と比較すると、格段に多かった。

ウ クリーニング業については、店舗来客分からの収入と得意先回りからの収入とがあるが、原告の場合には、後者が圧倒的に多い。したがって、必然的にガソリン代がかさむこととなって、原告は、毎年六〇万円以上の出費を余儀なくされている。

(2) 「同業者」の数値の信用性(被告税務署長の主張(五)(2)(抽出過程の合理性)について)

被告税務署長の採用した「同業者」の各数値は、以下のとおり、信用性がない。

ア 同一の「同業者」でありながら、異議決定段階と訴訟段階とで、その「売上原価」数値に差異が存するものがある。このことは、同業者の数値が、被告税務署長の恣意的操作に属することの表れにほかならない。

イ 「同業者」なるものの実態は明らかにされておらず、その「同業者」の原告との業態の類似性について、原告は、これを確認することができない。

ウ 現に、被告税務署長が「同業者」性を肯定した業者の中には、国税不服審判所における裁決段階で「同業者」性が否定されたものも存するのであり、したがって、そのような類似性を欠く業者を「同業者」として選定することによってした被告税務署長の推計には合理性がない。

(六) 被告税務署長の主張(六)(「売上原価関係経費」概念の合理性)については、争う。「売上原価関係経費」なる概念は、以下の理由により、合理性を欠くものである。

(1) 「売上原価関係経費」なるものは、本件推計課税に際し同業者の算出手続を担当した、松原一敏の編み出した造語にすぎず、しかも、同人は、クリーニング業については、本件が初めての仕事であった。

(2) 被告税務署長の主張する「売上原価関係経費」には、設備等の修繕費が含まれているが、原告は、本件各係争年分当時、独立して間がなく、設備も充分整っていなかったものである。したがって、設備等の修繕は、将来の投資としての意味をもつものではあるが、目の前の個々の売上と直接に結びつくものではない。このような費用が含まれている「売上原価関係経費」は、売上と密接な対応関係をもつものとはいえない。

(七) 被告税務署長の主張(七)(推計による原告の総所得金額の算出)について

(1) 同(七)(1)(売上金額)は、争う。

(2) 同(七)(2)(売上原価関係経費額)は、争う。

被告税務署長主張の右「売上原価関係経費」の額は、京富及びスズタの原告に対する売上をもとに算出されたものである。しかし、右両社とは、原告のみならず原告の兄も弟も、「ハヤトウ」名を使い取引を行っている。にもかかわらず、部下職員は、右売上を算出する際、誤って京富及びスズタの原告以外の者に対する取引を拾いだすという杜撰な調査を行っている。

部下職員の拾いだした右取引額が間違っていたことは、その後の異議決定や国税不服審判所の裁決においても明らかにされている。

(3) 同(七)(3)(算出所得金額)は、不知。

(4) 同(七)(4)(特別経費額)のうち、

ア 同ア(建物減価償却費)のうち、不動産取得の時期は認めるが、事業専用割合が二分の一であるとの主張は、争う。原告は、建物の二階部分も事業に使用している。

したがって、原告の本件各係争年分の建物減価償却費については、別表7の1の算式のうち、法定耐用年数を二四年から二二年に、償却率を〇・一一一(九年)から〇・一四二(七年)に、事業専用割合を五〇パーセントから七〇パーセントに修正して計算するのが妥当であるから、本件各係争年分について、いずれも一五万五六六〇円となる。

イ 同イ(利子割引料)のうち、借入金利息の金額については認めるがそのうち五〇パーセントが必要経費であるとの主張は、争う。必要経費は、七〇パーセントとするのが妥当である。

(5) 同(七)(5)(事業専従者控除額)は、認める。

(6) 同(七)(6)(総所得金額(事業所得金額))は、争う。

(八) 被告税務署長の主張(八)(まとめ)について

争う。

3  判断

(一) 法律判断・推計の合理性の程度

まず、推計の合理性の程度について考察するに、推計の合理性は、真実の所得を算定し得る最も合理的なものである必要はなく、実額課税の補充的代替手段にふさわしい一応の合理性で足りるものと解するのが相当である。

けだし、そもそも、推計課税とは、課税標準を実額で把握することが困難な場合、税負担公平の観点から、実額課税の代替手段として、合理的な推計の方法で課税標準を算定することを課税庁に許容した実体法上の制度であり、したがって、右のような制度の帰結として、推計の結果は、真実の所得と合致している必要はなく、実額近似値で足りると解されるからである。このように解したとしても、納税者としては、真実の所得を実額で明らかにすることによって、推計の結果を争うことができるのであるから、納税者に苛酷な負担を課すものということはできないものというべきである。

(二) 被告税務署長主張の推計方法の合理性

右を前提に、本件推計の合理性について検討する。

(1) 証拠(乙四ないし二四(各枝番号を含む。)、証人松原一敏)及び弁論の全趣旨によれば、被告税務署長の主張(一)(同業者の抽出基準)、同(二)(通達に基づく同業者の選定)、同(三)(「売上原価関係経費」概念の設定)及び同(四)(同業者率の算出及びその内容)の各事実が認められる。

(2) 右認定の各事実によれば、被告税務署長の主張する抽出基準は、原告の事業内容に基づいて設定されたものであって、右基準の内容をみると、当該基準により抽出された同業者は、原告と業種・営業地域・事業形態及び事業規模等の点において類似性を有し、かつ、本件各係争年分を通じて継続して事業を経営している安定した同業者であるから、原告の所得を推計する基礎としては適当なものであり、また、右同業者は全て、青色申告をなす者であり、かつ、右申告は確定したものであるから、右申告に係る数値の正確性も担保されているものと認められるので、右の抽出基準は、同業者の類似性を判別する要件として合理的なものであると考えられる。また、右の同業者の抽出過程については、大阪国税局長の発した一般通達に基づき各税務署長が無作為かつ機械的に右抽出基準に該当する全ての者を抽出したものであるから、抽出同業者を管轄する各税務署長及び大阪国税局長の恣意の介在する余地は認められない。さらに、抽出した同業者数も、一八名であることから、各同業者の個別性を平均化するに足りるものである。

したがって、右の同業者の抽出過程には、一応の合理性があると認められる。

(3) また、本件推計にあたっては、「売上原価関係経費」なる概念が使用されているが、その根拠は、クリーニング業においては、物品販売業における商品の仕入れのような純然たる「売上原価」の外に、比較的売上と密接な対応関係にあるその他の経費が存在し、これらを一体として推計の基礎とするのが適当であると考えられることよるものであるから、被告税務署長が右の「売上原価関係費」概念を採用したことには、一応の合理性があるものと認められる。

(4) まとめ

したがって、右により算出された同業者の平均売上原価関係経費率及び平均算出所得率を基礎として算出された原告の本件各係争年分の事業所得金額の推計には、特段の事情のない限り、実額課税の補充的代替手段にふさわしい一応の合理性があるということができる。

(三) 原告の主張の検討

(1) 原告の営業形態の特殊性(原告の主張(五)(1))について

原告は、自己の営業形態(立地条件、業態)等について、同業者と比較して特殊性を有するものであるから、被告税務署長抽出の同業者と原告との間には類似性がなく、したがって、本件推計には合理性がない旨主張し、そして、右主張に副う証拠(甲一〇四、原告本人)がある。

しかし、課税庁たる被告側が同業者率比率法による推計課税を行い、かつ、同業者の類似性について一応の合理性を立証した場合において、納税者たる原告がその営業形態の差異を主張して推計の合理性を争うためには、納税者たる原告としては、右の差異が、同業者の平均値で吸収捨象されてしまうような性質・程度のものではなく、同業者の平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著なものであることを、いわゆる間接反証として主張立証する必要があるものと解するのが相当である。

けだし、平均値による推計の場合には、その特質からして、同業者に通常存在する程度の営業形態の差異は、その計算過程において吸収捨象されると考えられ、したがって、納税者たる原告と同業者との間に営業形態の差異が存したとしても、それが平均値による推計を全く不合理ならしめる程度に顕著なものでないかぎり、推計の合理性を是認してよいと解されるからである。

これを本件でみると、原告の主張(五)(1)は、その主張に係る前記同(1)のアないしウの各事実を前提にしたとしても、その営業形態の差異が、同業者の平均値で吸収捨象されてしまうような性質・程度のものではなく、同業者の平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著なものであるとまでは、これを認めることができない。したがって、原告の右主張は、主張自体失当であるといわなければならない。

(2) 「同業者」の数値の信用性(原告の主張(五)(2))について

また、原告は、被告税務署長が推計の基礎とした「同業者」について、以下の諸点からしてその数値には信用性がなく、したがって、本件推計には合理性がない旨主張するので、以下個別に検討を加える。

ア まず、原告は、異議決定段階と訴訟段階とで「売上原価」の数値に差異があるため、「同業者」の数値には信用性がない旨主張する。

しかし、被告税務署長主張の「売上原価関係経費」とは、前記(二)(1)(前記1(三)参照。)説示のとおりであり、また、証拠(証人松原一敏)によれば、異議段階における「売上原価」とは、本件訴訟において被告税務署長が主張する「売上原価関係経費」と同一のものを指し、したがって、異議段階における「売上原価」の概念は、訴訟段階におけるそれよりも広義のものであると認められるから、訴訟段階の「売上原価」と異議決定段階の「売上原価」とで数額が異なることは、それ自体不自然ではないものと考えられる。

したがって、この点を捉えて、「同業者」の数値に信用性がないということはできない。

イ 次に、原告は、被告税務署長主張の「同業者」の実態が不明確であるため、「同業者」の数値には信用性がない旨主張する。

しかし、後記五3(二)(4)説示のとおり、課税庁側が、その収入金額を明らかにするため、「同業者」の住所及び氏名を公表することは、守秘義務によって禁止されているものであるから、被告税務署長が「同業者」の住所及び氏名を公表しないことはやむをえないものであり、他方、納税者たる原告としては、「同業者」の住所及び氏名を開示されないとしても、他の方法によって推計の合理性を争うことは可能である以上、原告主張のように、「同業者」の実態が不明確であるから、その数値には信用性がないということはできない。

ウ また、原告は、被告税務署長が「同業者」性を肯定した業者の中には、国税不服審判所における裁決段階で「同業者」性が否定されたものもあるから、そのような類似性を欠く業者を「同業者」として選定することによってした被告税務署長の推計には、合理性がない旨主張する。

しかし、前記(一)説示のとおり、推計の合理性は、実額課税の補充的代替手段にふさわしい一応の合理性で足りるものと解するのが相当であり、かつ、前記(二)(2)説示のとおり、本件で、被告税務署長の採用した同業者の抽出基準には、右にいう一応の合理性が認められるものである以上、他の行政機関が、異なる観点に基づく同業者の抽出基準を採用したとしても、そのことによって、被告税務署長の採用した同業者の抽出基準の合理性が失われるものではない。

エ まとめ

以上のとおりであるから、「同業者」の数値には信用性がなく、したがって、本件推計には合理性がないとの原告の主張は、理由がない。

(3) 「売上原価関係経費」の概念の不合理性(原告主張(六))について

また、原告は、被告税務署長が採用した「売上原価関係経費」の概念について、以下の諸点の問題が存し、よって、本件推計方法に合理性がない旨主張するので、この点について個別に検討する。

ア まず、原告は、<1>「売上原価関係経費」なるものは、本件推計課税に際し同業者の算出手続を担当した、松原一敏の編み出した造語であること、<2>同人は、クリーニング業については、本件が初めての仕事であったこと、を理由として、「売上原価関係経費」なる概念は不合理である旨主張する。

しかし、「売上原価関係経費」の概念には、前記(二)(3)説示のとおり、原告の所得を算出する上で一応の合理性を有するものと認められるのであって、原告が主張する右<1><2>の事実を前提としても、「売上原価関係経費」なる概念の合理性を失わせるものということはできないから、原告の右主張は、主張自体失当である。

イ 次に、原告は、右「売上原価関係経費」には、売上と密接な対応関係がなく、将来の投資としての意味をもつにすぎない設備等の投資が含まれているから、右「売上原価関係経費」なる概念は不合理である旨主張する。

しかし、証拠(甲六七、六八、八五(各枝番号を含む。))及び弁論の全趣旨によれば、原告が実額で主張している修繕費の取引先は、京都日産自動車株式会社及び大和洗機であるものと認められ、他方、被告税務署長が売上と密接な関係を有するとしている修繕費は、前記(二)(1)(前記1(四)(2)ア参照。)説示のとおり、京富及びスズタに対する支払分であって、両者は異なるものであるから、原告の立論は前提を欠くものであるし、その外に、原告の京富及びスズタに対する支払分について、将来の投資としての意味しかもたず、したがって、売上と密接な対応関係がないとの事情は、見いだすことができない。

ウ まとめ

以上のとおりであるから、被告税務署長が採用した「売上原価関係経費」概念には、合理性がなく、したがって、本件推計には合理性がないとの原告の主張は、理由がない。

(4) 「売上原価関係経費」の調査の杜撰さ(原告主張(七)(2))について

また、原告は、部下職員は、右「売上原価関係経費」の算出をする際、京富及びスズタの原告以外の者に対する取引を拾いだすという杜撰な調査を行ったものであり、部下職員の拾いだした右取引額が間違っていたことは、その後の異議決定や国税不服審判所の裁決においても明らかにされているから、本件推計には合理性がない旨主張する。

しかし、証拠(甲九六ないし九八)によれば、異議決定において、部下職員の調査額が間違っていたとの認定がなされたとの事実は、これを認めることができない。また、証拠(丙一)によれば、仕入金額に関する被告税務署長と国税不服審判所との見解の相違は、仕入金額の認定の基準の違いを理由にするものと認められ、それ以上に、被告税務署長の調査額が間違っていたことを理由とするものとは認めることができない。そして、部下職員が原告以外の者に対する取引を拾いだしたとの、原告の主張を裏付ける的確な証拠は、他に存在しない。

したがって、被告税務署長のした「売上原価関係経費」の調査は、杜撰なものであるから、本件推計方法に合理性がないとの原告の主張は、理由がない。

(5) まとめ

以上のとおりであるから、本件推計の合理性を争う原告の主張はいずれも、主張自体失当であるか又は理由がなく、被告税務署長がした本件推計方法には、合理性があるものと認められる。

(四) 推計による原告の事業所得金額の算出

(1) 売上金額

原告の本件各係争年分の売上金額は、別表9の各<1>欄記載のとおりであると認められ、被告税務署長の主張額と同額である。

これらの金額は、いずれも、別表9の各<2>欄記載の本件各係争年分の売上原価関係経費額を、別表2ないし4記載の平均売上原価関係経費率(別表9の各<3>欄記載の数値に同じ。)でそれぞれ除して算出したものである。

(2) 売上原価関係経費額

証拠(証人松原一敏)によれば、原告の本件各係争年分の売上原価関係経費額は、別表9の各<2>欄記載のとおりであると認められ、被告税務署長の主張額と同額である。その明細は、別表6記載のとおりである。

(3) 算出所得金額

原告の本件各係争年分の算出所得金額は、別表9の各<5>欄記載のとおりであると認められ、被告税務署長の主張額と同額である。

これらの金額は、いずれも、右(1)記載の各売上金額に、別表2ないし4記載の各平均算出所得率(別表9の各<4>欄記載の数値に同じ。)をそれぞれ乗じて算出したものである。

(4) 特別経費額

原告の本件各係争年分の特別経費額は、別表9の各<8>欄記載のとおりであると認められ、その内訳は、以下のア及びイのとおりである。

ア 建物減価償却費

これらの金額は、いずれも、原告方の店舗兼住宅のうち事業の用に供している部分の減価償却費の金額であるが、原告は、事業専用割合等について争うので、この点につき検討する。

a 事業専用割合について

証拠(甲一〇三(枝番号を含む。)、検甲一ないし一一、乙二五、原告本人)によれば、以下の各事実が認められる。

(a) 原告方の店舗兼住宅は、一階が、一五坪(三〇畳)の店舗及び一〇畳の台所、二階が六畳、四畳半の部屋、二畳の板間からなっている(合計面積五二・五畳)。

(b) 右(a)のうち、日常的に仕事場として使用しているのは、一五坪(三〇畳)の店舗と二畳の板間である(合計面積三二畳)

以上の事実を総合すると、原告方の店舗兼住宅の事業専用割合は、六〇パーセントであると認めるのが相当である。

(三二÷五二・五×一〇〇=六〇)

b 建物減価償却費の額

(a) 右原告の店舗兼住宅の取得年月日については、争いがなく、また、建築年月日、取得時における右土地建物の評価額及び右建物が木造瓦葺であることについて、原告は明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

したがって、別表7の1、2記載の計算式のうち、事業専用割合を五〇パーセントから右aの六〇パーセントに修正したうえ算出すると、原告の本件各係争年分の建物減価償却費の金額は、別表9の各<6>欄記載のとおりであると認められる。

(b) なお、原告は、右建物の法定耐用年数を二二年と主張するが、減価償却資産の耐用年数等に関する省令一条別表第一によれば、構造が木造又は合成樹脂の建物のうち、法定耐用年数が二二年のものは、飲食店用、貸席用、劇場用、演奏場用、映画館用又は舞踏場用のものとされており、右の法定耐用年数は本件事例には適切ではないと認められるから、原告の主張は採用できない。

イ 利子割引料

原告の本件各係争年分の利子割引料の金額は、別表9の各<7>欄記載のとおりであると認められる。

これらの金額は、いずれも、京都中央信用金庫桂支店に対して支払った借入金利息に前記アaの事業専用割合六〇パーセントを乗じた金額であり、その内訳は別表8の記載の計算式のうち事業専用割合を五〇パーセントから六〇パーセントに修正したものである。

(5) 事業専従者控除額

原告の本件各係争年分の事業専従者控除額は、当事者間に争いがなく、別表9の各<9>欄記載のとおりであると認められる。

(6) 総所得金額(事業所得金額)

原告の本件各係争年分の総所得金額(事業所得金額)は、別表9の各<10>欄記載のとおりであると認められる。

これらの金額は、いずれも、前記(3)の算出所得金額から、同(4)の特別経費及び同(5)の事業専従者控除額を差し引いた金額である。

(五) まとめ

してみれば、別紙1(課税の経緯)「更正」欄記載の本件各係争年分の総所得金額は、前記(四)(6)の総所得金額(事業所得金額)の範囲内にあることになる。

四  実額主張(争点4)

1  原告の主張

(一) 実額主張額

原告の本件各係争年分の売上金額、経費、事業専従者控除額及び総所得金額(事業所得金額)は、別表10記載のとおりであり、右売上金額の明細は、別表11の1ないし3のとおりである。

そして、右売上金額のうち、外交分を証する書証が、甲二ないし二六の各伝票(以下「外交売上伝票」という。)及びそれを集金用にまとめた甲四三の記録(以下「集金帳」という。)であり、顧客持込分を証する書証が、甲二七ないし四二の各伝票(以下「顧客持込分伝票」という。)である(右の各書証番号は、いずれも枝番号を含む。)。

したがって、本件各処分の認定した別表1記載の各総所得金額(事業所得金額)は、いずれも、右実額による各事業所得金額に比べて過大であるから、被告税務署長がした本件各処分は、違法である。

(二) 被告税務署長の主張(三)に対する反論

(1) 同(三)(1)ウ(ア)(外交売上伝票の日付の不自然さ)について

外交売上伝票は、得意先でその都度作成するのではなく、原告が店に帰ってまとめて記載するものであるから、日付が左右逆になったりすることはよくあることである。

(2) 同(三)(1)ウ(ウ)(金額欄に記載のない書証)について

これらは、品物を預かり記帳する段階では、外注に出したりする関係で未だ金額が不明なため記載できなかったものにほかならない。後に外注先から納品され、金額が判明して、顧客に請求書が出される時点では、この金額も記載されるが、原告のところで金額が空白のままとなるものも多い。

(3) 同(三)(1)ウ(カ)(枚数超過の外交売上伝票)について

これらは、開業して間がないころ、別の伝票で余ったものがあったことから、捨てずに再利用したものである。

(4) 同(三)(1)カ(原告名義口座への小切手入金)について

乙二六が被告税務署長から提出されたのは、実体審理を終え、最終準備書面を提出する段階になってのことである。したがって、乙二六の提出は、時機に遅れたものであり、かつ、信義則に著しく反し許されないものであるから、証拠方法としては却下すべきものである。

2  被告税務署長の主張

(一) 原告の主張(一)(実額主張額)について

原告主張の各金額のうち、各事業専従者控除額は認めるが、その余は不知。

(二) 実額主張の法的性格

(1) 実額立証の程度

納税者が推計課税取消訴訟において所得の実額を主張し、推計課税の方法により認定された額が右主張額と異なるとして推計課税の違法性を立証するには、その主張する実額が真実の所得額に合致することを合理的な疑いを容れない程度に立証する必要があり、右実額の存在をある程度合理的に推測させるに足りる具体的事実を立証するだけで足りるものではない。

(2) 実額主張の範囲

納税者が推計課税取消訴訟において有効な実額主張を行うためには、納税者においてその主張する収入金額が全ての取引先からの全ての取引についての収入金額(総収入金額)であること及びその収入と対応する必要経費が実際に支出され、当該事業と関連性を有することを主張立証しなければならない。

(3) 実額主張の方法

事業所得の実額による把握は、全ての収入金額及びこれに対応した費用の金額を正確に記帳した会計諸帳簿によって算出し、かつ、その帳簿の真実性、正確性を原始記録によって確認することによって初めてなされ得るものである。

右のような会計帳簿が存在せず、単に納品書や領収書等の原始記録のみに基づいて計算された所得金額は、納品書や領収書等を破棄又は集計しないことによって、容易に恣意的な金額の操作を行うことができる点で、信用性に欠けるものといわざるを得ない。

(三) 本件における実額主張の成否

原告の実額主張は、以下の点からして、失当である。

(1) 売上金額について

ア 帳簿の不存在

原告には、会計帳簿は存在せず、後記イないしオのとおり信用性のない記録をこれに代えているにすぎない。

イ 売上伝票と集金帳との対応関係の問題点

原告は、外交売上伝票を集金用にまとめたものが集金帳であると主張するが、両者の対応関係は計算上明らかにすることができない。

ウ 外交売上伝票及び集金帳の信用性

原告提出に係る外交売上伝票及び集金帳は、以下のとおり、日々の取引を網羅したものとは考えられず、したがって、帳簿に代わりうるような正確性はないものであり、信用性を欠くものである。

(ア) 外交売上伝票には、日付の記載順序が左右逆になっているもの、日付の前後しているもの、日付を書き替えているものが多数存在しており、したがって、日々の取引をそのまま記載したものとは考えられない。

(イ) 外交売上伝票は、後日の加工が容易なものである。

(ウ) 外交売上伝票及び集金帳には、別表12のとおり、金額欄に記載のないものがある。

その中には、別表13のとおり、集金帳に氏名が記載されていることから、右の者に対する外注分の売上が存したと推測されるにもかかわらず、他の顧客に対する売上額の合計額が、合計欄の金額と一致しており、かつ、外交売上伝票にも記載がないため、右の者に対する外注分の売上が計上漏れになっていると推認されるものがある。

(エ) 別表14の1、2のとおり、原告提出に係る外注先の請求書に顧客として名前が載っているにもかかわらず、外交売上伝票、顧客売上伝票及び集金帳のいずれにもその名前が見受けられず、したがって、右の者に対する売上の計上漏れの可能性が強いものがある。

(オ) 外交売上伝票の中には、表紙しかなく、その他の記載内容が全く明らかでないもの(甲三ないし二六)がある。

(カ) 外交売上伝票の中には、綴りが一〇〇枚を超えているもの(甲五、六)がある。

エ 外注依頼分に係る売上について

(ア) 顧客名の記載された外注先からの請求書は、一部が書証として提出されているのみであり、他は、外注先からの領収書が書証とされているだけであり、これらからは顧客の名前が確認できず、売上漏れがあることが推認される。

(イ) 外注分に対応する売上の外交売上伝票及び集金帳に対する転記について、原告は、当初は外注先の請求書に基づいて行っていると供述していたにもかかわらず、その後、納品伝票に基づくものである旨供述を変遷させており、しかも、変遷後の供述に対応する納品伝票はごく一部しか提出されていない。

オ 顧客持込分の売上について

(ア) 顧客持込分伝票には、別表12のとおり、金額欄に記載のないものがあるほか、日付の記載のないもの(甲二八の九ほか)、年分の記載のないもの(甲二七の一)、何の記載のないもの(甲二七の六ほか)がある。

(イ) 原告は、顧客持込分については現金で受け取ると供述しながら、現金出納帳の記帳を行っていたかどうか明らかでなく、したがって、原告の主張を裏付ける証拠は存在しない。

カ 原告名義口座への小切手入金

乙二六によれば、原告名義の普通預金口座に対して小切手入金があったことが明らかであり、この点について、原告は、株式会社幸林について「林」という名前で取引をしていた旨供述するが、集金帳においては、「林」及び当該小切手振出人の名前は見当らず、したがって、右小切手入金分については、売上の計上漏れであると推認される。

(2) 経費額について

ア 主張自体失当

前記(1)のとおり、原告は、総売上金額を実額によって明らかにすることができないのであるから、経費額に関する原告の主張は既に失当である。

イ 立証不十分

原告主張の経費については、これに副う証拠は、原告本人の供述しかなく、各経費支払の事実及び事業との関連性については立証されていない。

ウ 経費に関する原告の主張の問題点

原告主張の経費額については、別表15の1ないし3のとおり、問題点がある。

3  判断

(一) 法律判断

(1) 実額主張の程度

課税庁を被告とする所得税更正処分取消訴訟において、課税庁たる被告側において推計課税の適法性の主張立証がなされた場合、納税者たる原告は、真実の所得額が右推計の結果を下回る旨主張し、収入及び経費の実額を主張立証することによって、右推計の結果を覆すことができるが、右の実額主張は、納税者たる原告が主張立証責任を負うところの再抗弁であり、したがって、納税者たる原告としては、その主張する実額が真実の所得額に合致することを合理的な疑いを容れない程度に立証する必要があるものと解するのが相当である。

(2) 実額主張の範囲

しかも、右の実額主張に際しては、納税者たる原告は、単に収入又は経費の一部の実額を主張立証するだけでは足りず、収入及び経費の実額を全て主張立証することを要するものと解するのが相当である。

けだし、推計課税がなされた場合、課税庁の主張する収入金額は、推計の合理性を基礎づける事実として、あくまでもその主張額を下回らない収入金額があったものというのにすぎないし、また、課税庁が反面調査等によって把握し売る収入金額の範囲には自ずと限界があり、実際には納税者の売上金額に相当の捕捉漏れがあることも十分予想されるのであるから、課税庁の主張する収入金額は実際の収入金額に合致するとは限らず、したがって、仮に納税者が経費の実額を主張したとしても、課税庁主張の収入金額がその全てであることをも立証しないかぎり、真実の所得額が推計による所得額よりも過少であることを立証したことにはならないというべきだからである。右のように解したとしても、課税標準である所得を算定する要素である収入金額及び経費額は、納税者の支配領域内で起こる事柄であり、それらの具体的内容は、納税者においてもっともよく知るところであって、右の点についての主張立証は容易であると考えられるから、納税者側に苛酷な負担を課すものとは解されない。

(二) 収入金額について

(1) 事実認定

そこで、右を前提に本件について検討するに、証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められ、これらを覆すに足る証拠は存在しない(以下、各書証番号は、いずれも枝番号を含む。)。

ア 会計帳簿等の不存在

(ア) 原告は、会計帳簿を付けておらず、また、毎日の取引について継続的に記録した帳面も存在しない。

(原告本人)

(イ) 原告は、本件訴訟において、売上金額を証する書証として、外交売上伝票(甲二ないし二六)、顧客持込分伝票(甲二七ないし四二)及び集金帳(甲四三)を提出し、その他の原始記録は提出していない。

(弁論の全趣旨)

(ウ) 外交売上伝票は、一冊一〇〇枚綴りの形式で、二枚複写式になっているが、その一枚は、二部の伝票となっており、それぞれ氏名、年月日、品名、数、金額及び合計金額の記載欄がある。

(甲二ないし二六、原告本人)

(エ) 外交売上伝票への記録は、原告が外交時に品物を預かった段階ではなく、原告方に戻ってから一括して行われていた。

原告は、外交の際、得意先に予め渡してある帳面には記録するが、自己のためには、どの客からどのような品物を預かったというようなことを、その場で控えのメモを作成するようなことはしなかった。

(原告本人)

(オ) 原告が書証として提出した外交売上伝票の中には、一冊が一〇〇枚ちょうどでないものがある。

(甲五、六、原告本人)

(カ) 集金帳は、外交売上伝票を顧客ごとに集金用のためまとめたものであり、集金帳への記録は、原告が、一カ月ごとに外交売上伝票をまとめ、二〇日締めで月末に顧客ごとに集計したうえ、請求書を作成し、その請求書の記載を基にして行うことになっている。

(原告本人)

(キ) 顧客持込分伝票は、一冊五〇枚綴りの形式で、二枚複写式になっているが、その一枚は、二部の伝票となっており、それぞれ御住所、御芳名、御預かり日、仕上がり予定日、品名、数量、単価、金額、領収・未収及び合計の記載欄がある。

(甲二七ないし四二、原告本人)

(ク) 顧客持込分伝票は、顧客から品物を預かった時点で、ほとんど原告の妻が記録していた。

(原告本人)

(ケ) 外交売上伝票、顧客持込分及び集金帳には、別表11記載のとおり、金額欄に記載のないものがある。

(甲二ないし四三、原告本人)

イ 収入計上漏れの存在

(ア) 原告名義の京都中央信用金庫桂支店普通預金口座に対しては、別表16の1、2記載のとおり、株式会社幸林、株式会社大家建設、松崎昭からの小切手による入金が存在する。

(甲四九、乙二六)

(なお、原告は、乙二六について、時機に遅れた攻撃防御方法であること、あるいは、信義則に反することを理由として、証拠方法としては却下すべきであると主張するが、他に特段の事情もないのに、原告主張の事由のみから、直ちに、証拠提出が許されないとすることは相当でないと解される。)

(イ) 原告は、集金関係について、代金の決済は、ほとんど現金で行い、小切手による決済は、商売を開始してから十何年の間に二、三回しかなかった旨説明している。

(原告本人)

(ウ) 原告は、株式会社幸林については、「林」という名前で過去に取引をしていたことがあったと説明している。

(原告本人)

(エ) ところが、原告提出の外交売上伝票、集金帳及び顧客持込分伝票のいずれにも、株式会社幸林(あるいは「林」)、株式会社大家建設、松崎昭との取引の事実は、記載されていない。

(甲二ないし四三)

(オ) また、原告は、本件で主張する売上金額のほかには、収入のあったことを主張していない。

(弁論の全趣旨)

(カ) しかも、右(ア)ないし(オ)の事実について、原告は、未だ何ら合理的な説明をするところがない。

(弁論の全趣旨)

(2) 検討

右(1)ア認定の各事実によれば、原告には、会計帳簿及び取引を継続的に記録したその他の帳面が存在しないし、また、原告提出に係る外交売上伝票、顧客持込分伝票及び集金帳は、文書の体裁及び記録の方式からして、日々の取引を継続的に記録したものとは認められず、したがって、これらの書証に網羅性を認めることができないから、原告の主張する収入金額には計上漏れが存在する可能性の存することは否定できない。

そして、右(1)イ認定の各事実によれば、実際にも、原告主張の収入金額には、相当額の計上漏れが存在するものと推認することができる。

してみれば、原告が、その主張する収入金額が本件各係争年分の全ての取引から生じた収入金額と合致することについて、合理的疑いを容れない程度に立証したものとは、認めることはできないものといわざるをえない。

(三) 経費額について

右(二)のとおり、本件においては、収入金額の立証が不十分である以上、原告主張の本件各係争年分の経費額については、判断する必要がない。

(四) まとめ

以上のとおりであるから、原告の実額主張には理由がない。

五  審査請求手続の違法(争点5)

1  原告の主張

(一) 理由不備

被告審判所長は、本件各裁決にあたり、原告の本件各係争年分における事業所得金額の推計の基礎となる同業者の選定の判断に関して、抽象的に業種・業態が類似している又は類似していないとするにとどまり、具体的な内容及び根拠を一切明らかにしていない。

したがって、本件各裁決には、原告が重要な争点とした問題につき、判断経過を具体的に示さないとの点において、理由不備の違法がある。

(二) 審理不尽

被告審判所長は、本件審査裁決手続において、右(一)の同業者の業態及び事業規模の具体的内容を一切明らかにしなかった。

そのため、原告は、審査裁決手続において、効果的に主張立証する機会が奪われたのであるから、本件各裁決には審理不尽の違法がある。

2  被告審判所長の主張

(一) 原告の主張(一)(理由不備)について

裁決書には、理由を附記し、処分の全部又は一部を維持する場合には、その維持される処分を正当とする理由が明らかにされていなければならず、裁決書に附記すべき理由の程度は、審査請求人の不服の事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにすることを要するが、それをもって足り、事実認定の基礎となった証拠の説明や計算の詳細を示すことまでをも要求されるものではないというべきである。

本件裁決書には、推計の合理性に関する不服の事由に対応して、被告税務署長の採用した同業者の一部が類似性を欠き、これを除外するとともに、被告審判所長が新たに類似同業者を追加選定した旨及びこれに基づく計算結果が示されており、審査請求人の不服の事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにしているのであるから、裁決書の附記理由として欠けるところはない。

(二) 原告の主張(二)(審理不尽)について

審査裁決手続における審理不尽とは、民事訴訟における場合と同様、担当官が具体的事案の解決に必要な事実上又は法律上の争点につき当然になすべき調査又は審理を尽くさず、その結果、裁決の理由に不備ないし齟齬を来し、又はこのことが釈明義務違反と評価できることをいう。

本件では、担当官は十分な調査・審理を遂げ、これに基づき裁決がなされており、また、原告に対し十分な反論の機会を与えているのであるから、審理不尽の違法はない。

被告審判所長が本件裁決書においてした同業者の選定の判断において、その氏名、住所、業態及び事業規模の内容の詳細を明らかにしなかったのは、これを明らかにすることが当該同業者の私的利益を害することになるからであって(国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条)、右のとおり、担当官は、同業者の選定の判断に関して調査・審理を十分に尽くしたものである以上、原告主張のような審理不尽の違法はない。

3  判断

(一) 原告の主張(一)(理由不備)について

(1) 法律判断

裁決書には、理由を附記し、処分の全部又は一部を維持する場合には、その維持される処分を正当とする理由が明らかにされていなければならず、裁決書に附記すべき理由の程度は、審査請求人の不服の事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにすることを要するが、それをもって足り、事実認定の基礎となった証拠の説明や計算の詳細を示すことまでをも要求されるものではないと解するのが相当である。

(2) 検討

証拠(丙一)によれば、本件裁決書には、推計の合理性に関する不服の事由に対応して、被告税務署長の採用した同業者の一部が類似性を欠き、これを除外するとともに、被告審判所長が新たに類似同業者を追加選定した旨及びこれに基づく計算結果が示されており、審査請求人の不服の事由に対応してその結論に到達した過程が明らかにされているものと認められる。

してみれば、本件裁決書に理由不備の違法があるとの原告の主張は、理由がない。

(二) 原告の主張(二)(審理不尽)について

(1) 法律判断

審査裁決手続における審理不尽とは、民事訴訟における場合と同様、担当官が具体的事案の解決に必要な事実上又は法律上の争点につき当然になすべき調査又は審理を尽くさず、その結果、裁決の理由に不備ないし齟齬を来し、又はこのことが釈明義務違反と評価できることをいうものと解するのが相当である。

(2) 事実認定

証拠(丙一)及び弁論の全趣旨によれば、本件審査裁決手続の経緯について、以下の各事実が認められる。

ア 原告は、昭和六三年八月二日、被告審判所長に対し審査請求書を提出したので、被告審判所長は、被告税務署長から答弁書を徴した上、原告に答弁書副本を送付した。

イ 担当官は、同年一〇月四日、大阪国税不服審判所京都支所において原告と面談し、その結果を釈明陳述録取書及び質問調書に録取し、原告及びその代理人の署名を得た。なお、原告は、同日、答弁書に対する反論書と被告税務署長から提出された書類の閲覧を求める書面を提出した。

ウ その後、担当官は、同月七日、原告に対し、同月三一日までに原告の主張を裏付ける証拠書類等を提出されたい旨を記載した書面を送付したが、右提出期限までに証拠書類の提出がなかった。

エ 担当官は、同年一一月一八日、原告に被告税務署長から提出された書類を閲覧させるとともに、原告の主張を釈明陳述録取書に録取した。

オ 担当官は、同年一二月一二日、再度原告に対し、同月二六日までに証拠書類等を提出されたい旨を記載した書面を送付し、更に同日、原告及びその代理人に対して電話により同日が提出期限である旨を知らせたが、結局その提出がなかった。

カ その後、平成元年一月二〇日、原告から口頭意見陳述の申立書が提出され、同年二月七日及び同月一三日、これを実施し、原告並びに原告の代理人である北川幸正、吉田時広及び上田耕三が口頭で意見を陳述し、これを口頭意見陳述録取書に録取した。

キ その間、担当官は、被告税務署長の担当職員から事情を聴取したり、被告税務署長から提出された資料や職権により調査した結果に基づいて被告税務署長の採用した同業者と原告との類似性について検討を進め、その結果、被告税務署長の選定に係る同業者三件のうち二件を原告との類似性を欠くものとして推計の基礎から除外するとともに、新たに同業者二件を追加選定し、以上三件の同業者の売上原価率及び所得率の平均値を採用して、原告の本件各係争年分の事業所得金額を推計により算定することとしてその旨議決し、被告審判所長は、右議決に基づき裁決した。

(3) 検討

以上の各事実によれば、本件では、担当官は十分な調査・審理を遂げ、これに基づき本件各裁決がなされており、また、原告に対し十分な反論の機会を与えているのであるから、審理不尽の違法は存在しないものと認めることができる。

(4) 原告の主張について

これに対し、原告は、被告審判所長が、本件審査裁決手続において、推計の基礎となった同業者の業態及び事業規模の具体的内容を一切明らかにしなかったことをもって、本件審査裁決手続において、効果的に主張立証する機会が奪われたのであるから、本件各裁決には審理不尽の違法がある旨主張する。

しかし、証拠(丙一)及び弁論の全趣旨によれば、被告審判所長が、推計の基礎として採用した同業者の住所及び氏名について明らかにしなかったのは、これを明らかにすることが当該同業者の私的利益を害し、したがって、職員の守秘義務(国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条参照。)に反することを理由とするものであると認められるところ、右の被告審判所長の判断は正当なものとして是認することができる。他方、納税者たる原告としては、右のように同業者の氏名等が開示されなかったとしても、反証の手段が全く奪われるわけではなく、審査裁決手続において提出された資料の作成者に対する質問により、作成の手続の当否あるいは開示されている事項の正当性や立証趣旨との整合性について追及したり、さらには、納税者において通常保持している帳簿書類又は原始記録の提出をしたりすることによって、課税庁側の立証活動に対抗することは必ずしも困難ではないから、納税者たる原告としても、本件審査裁決手続において著しく主張立証の機会が奪われる結果にはならないものと解される。

したがって、本件審査裁決手続に審理不尽の違法があるとの原告の主張は、理由がない。

第四結論

以上のとおり、被告税務署長のした本件税務調査には、本件各処分の取消事由となりうべき違法性は存在せず、また、被告税務署長のした本件各処分における推計には、その必要性及び合理性が認められ、かつ、原告の実額主張は理由がない。そして、本件各処分は、前記第三の三3(四)(6)認定の各総所得金額の範囲内においてなされたものであるから、いずれも適法である。

また、被告審判所長のした本件各裁決にも、理由不備及び審理不尽の違法はない。

よって、原告の本件各請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 中村隆次 裁判官 府内覚)

別表1

課税の経緯

<省略>

別表2

同業者一覧表

<省略>

別表3

同業者一覧表

<省略>

別表4

同業者一覧表

<省略>

別表5

推計による原告の総所得金額(被告税務署長主張分)

<省略>

別表6

原告の売上原価関係経費の明細

<省略>

別表7の1

建物減価償却費

<省略>

別表7の2

5 取得時における路線価方式による土地評価額(相続税法22条)

<省略>

6 取得時における建物評価額(相続税法22条・財産評価基本通達89・同基通別表1)

「取得年度(昭和57年度)」の京都市における当該建物固定資産税評価額719,900円

別表8

原告の利子割引料

<省略>

別表9

推計による原告の総所得金額(当裁判所認定分)

<省略>

別表10

原告の実額主張額

<省略>

別表11の1

原告主張の昭和59年分の売上金額

<省略>

別表11の2

原告主張の昭和60年分の売上金額

<省略>

別表11の3

原告主張の昭和61年分の売上金額

<省略>

別表12

金額欄に記載がない書証

<省略>

別表13

集金帳における問題点(1)

<省略>

集金帳と外交分売上伝票の金額が一致すべきだが一致せず、かつ、外交売上伝票分が売上もれになっている。(準備書面第五、二、1(一)(2)イ参照)。

(注)1.集金帳欄の差額の金額は、甲第43号証の54の合計欄の金額から、白井以外の顧額の金額の合計を差し引いた金額である。

2.外交売上伝票は、甲第43号証の54が11月の請求であり、原告が20日締めであると証言しているので、存在することが強く推認される外交分の売上を別としても、少なくとも10月21日から11月20日までの間の白井の外交売上伝票の合計額が集金帳に記載されているべきであるにもかかわらず、この金額自体も集金帳に反映されていない。

別表14の1

集金帳における問題点(2)

○外注依頼分の売上計上漏れ(甲第2ないし第43号証に名前がない)

((株)レザーランド)

<省略>

((株)都家産業)

<省略>

別表14の2

<省略>

別表15の1

必要経費に関する実額反証内訳(昭和59年分)

<省略>

別表15の2

必要経費に関する実額反証内訳(昭和60年分)

<省略>

別表15の3

必要経費に関する実額反証内訳(昭和61年分)

<省略>

別表16の1

(照会事項) 口座番号 281996

預金の入金明細について

照会の預金口座への入金額のうち「入金」欄記載の金額に係る「回答の内容」欄記載の各項目の内容。

<省略>

(注)小切手、手形の入金の場合は、その写し(表・裏)を併せて御送付願います。

別表16の2

(照会事項) 口座番号 287507

預金の入金明細について

照会の預金口座への入金額のうち「入金」欄記載の金額に係る「回答の内容」欄記載の各項目の内容。

<省略>

(注)小切手、手形の入金の場合は、その写し(表・裏)を併せて御送付願います。

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